お茶の科学(サイエンス)
緑茶の動脈硬化予防作用
静岡県立大学大学院 生活健康科学研究科
富田 多嘉子
癌は我が国の死亡原因の首位をしめているが、心臓病、脳卒中などを合わせた循環器系疾患による死亡率は、癌の約一・五倍である。生活習慣病といわれる病気の中でも動脈硬化は特に日常の生活習慣(食生活、運動、ストレス等)が反映されることの大きい病気である。
動脈硬化は血液中を流れている脂肪の量が多い程、血管壁に油がたまりやすくなって発生すると考えられてきたが、米のゴールドスタイン、ブラウンらによる リポ蛋白受容体の発見を契機として分子医学の研究が急速に進歩し、リポ蛋白中の脂質の酸化が動脈硬化の発生にとって重要な引き金となることが次第に明らか になってきた。
体の中の油の酸化を防ぐには?
それでは血液中の脂肪の酸化を防ぐにはどうすればよいのだろうか。身体の中で酸化されにくいような食用油を使うことも一つの方法であろうが、体内の脂肪の酸化を抑えることができるようなものを出来るだけ多く摂取することも重要である。
赤ワイン、タマネギ、リンゴ、大豆等に含まれるフラボノイドの摂取量が多い程、心臓病等の動脈硬化の危険率が低くなるというヨーロッパでの疫学調査報告 がある。フラボノイドと総称される植物成分の中には赤ワインの赤色色素であるアントシアニンや、茶カテキンが含まれこれらはいずれも抗酸化作用を示す。
紅茶と緑茶
ヨーロッパ、特にオランダでは紅茶がよく飲まれている。そして紅茶の摂取量が多い人ほど心臓病になる危険率が低いという。しかし緑茶でのこのような研究 は報告されていない。緑茶の中にはカテキンと呼ばれるポリフェノールが含まれているが、紅茶の製造には発酵過程が加わるためカテキンが二分子結合したテア フラビンやもっと多く重合したテアルビジン等が含まれる。いずれも抗酸化活性を持っている。
LDL酸化抑制作用
血液中の低密度リポ蛋白質(LDL:悪玉コレステロール)の酸化が動脈硬化の引き金となることが明らかにされている。そこで、まず血液中からLDLを取 り出し、果たして緑茶のカテキンがLDLの酸化を抑制するかどうかを調べた。驚いたことに、緑茶カテキンはEGCG∨、ECG∨EC∨
C.EGCの順に抗酸化作用を示し、抗酸化ビタミンとして知られる
VCやVEよりも遙かに強い抗酸化作用を示すことがわかった。
そこで次に年齢のほぼ等しい男子ボランティアー(平均年齢25歳)二二人に二週間同じ食事を与え、一週間後、二群に分け、その一群に茶カテキン三〇〇㎎ を一日二回一週間の間毎日与え、投与前後でLDLの被酸化性を調べた。その結果、茶カテキンを摂取することによって、血液中のLDLが摂取前よりも酸化さ れにくくなっていることがわかった。
動脈硬化抑制作用
次に、茶の動脈硬化予防作用を調べたいと考えたが、ヒトで調べることは不可能なことなので、動脈硬化モデルマウスを使って行うことにした。このマウスはアポ蛋白質Eを欠損しているため、リポ蛋白質代謝が遅く、血液中に滞溜する時間が長く、動脈壁に脂肪が蓄積しやすい。
このマウスに茶カテキンを約三カ月間飲ませ、動脈壁の脂質の沈着の状態を調べた。茶を飲ませなかった対照群では動脈表面の約四〇%が脂肪斑で覆われてい たのに対し、茶投与群ではその半分位に減少していた。コレステロールは二五%、トリグリセリドは五〇%も少なく、そのため動脈の重量も減っていた(図参 照)。
これらのことは緑茶の長期飲用によって動脈硬化が予防できる可能性を示すものである。それに加え茶の中に含まれる成分とは関係なく、茶を飲む一時のくつろぎが我々の身体をストレスから守る働きをしているのかもしれない。
(とみた たかこ) 月刊「茶」2000年9月号より