お茶の科学(サイエンス)

茶カテキンの抗酸化の機構を探る


静岡県立大学環境科学研究所

吉岡 寿


 緑茶の主な成分であるカテキンが、ガンを初めとして色々な病気に効くということは、最近の研究で次々と明らかにされて来ています。カテキンは生体内にお いて、不必要な酵素反応を抑えたり、金属イオンを取り除いたりする作用もありますが、最も重要な働きは、活性酸素(或いはフリーラジカル)を消去する作用 です。生物は空気中の酸素を呼吸で取り込んで、有機物を酸化し、生命活動に必要なエネルギーを取り出していますが、その過程で僅かですが、有害な活性酸素 と呼ばれる物質が出来ます。この活性酸素は遺伝子の本体であるDNAや、細胞膜を作っている脂質分子を破壊する為に、色々の障害を引き起こすわけです。し かし、活性酸素というものは、実は、色々の発ガン性物質や環境汚染物質、更には放射線や紫外線などでも発生するものなのです。ですから活性酸素の害から逃 れる為には、私たちは常に、充分な量の活性酸素を除去出来るもの(広く抗酸化剤と呼ばれる)を、日常的に摂取する必要があると言えるでしょう。緑茶とその 成分であるカテキン類は、現在最も注目されている抗酸化剤の一つです。
 私達は今まで放射線の生体影響に対する茶カテキンの効果について調べて来ました。ガンマ線やベータ線、エックス線などの放射線が生体に当たると、ガンに なりますが、これは放射線によって、生体を構成する主成分である水が分解され、ヒドロキシル(OH)ラジカルと呼ばれる最も危険な活性酸素が生成し、それ がDNA分子を切断する為と考えられています。そこで私達は、DNAに緑茶の抽出液や茶カテキンの溶液を混ぜて放射線を照射して調べたところ、DNAの切 断がきれいに抑えられることを見いだしました。これは茶カテキンがOHラジカルを消去する作用を持っている為で、特に茶カテキンの中で最も含量の多い、エ ピガロカテキンガレート(EGCg)が効果が大きいことが分かりました。これは典型的な茶カテキンの抗酸化作用、ラジカル消去作用ですが、その機構につい ては、実はまだ良く分かっていません。
 カテキンを含めて一般にポリフェノールと呼ばれる物質は、植物に広く分布していますが、その役割については明確になっていません。植物は動物とは異な り、太陽からの紫外線などの影響は、より受けやすいことから、活性酸素の消去物質を多く持っていることが必要であり、茶カテキンもその様な役割を担ってい るのかも知れません。
 私達は現在、色々な物理的、化学的な研究手段を用いて、茶カテキンやポリフェノール類の持つ抗酸化能、フリーラジカル消去能の特徴を調べています。代表 的な抗酸化剤として良く知られているものに、ビタミンCやビタミンEがありますが、それとEGCgを比較して見ますと、消去能はビタミンE、EGCg、ビ タミンCの順で大きくなると考えられています。それはこれらの物質を競争反応させた場合に見られることで、茶カテキン溶液にビタミンCを混ぜると、カテキ ンの酸化が抑えられることは、缶ジュースを作る様な場合にも知られています。しかし、生体に影響を及ぼすOHラジカルの様な、反応性の高い活性酸素を消去 する速度にはそれほど差がありません。
 消去能を総合的に判断するには、この様な消去速度とは異なった視点から、これらの物質を比較してみることも必要です。その一つとして、抗酸化剤一分子が 何個の活性酸素を消去出来るのかということを調べてみました。その結果、ある種のフリーラジカルに対しては、ビタミンEが一個、ビタミンCが二個、それに 対してEGCgは一四個と桁違いの消去数を示すことが分かりました。つまりこの様な視点からすれば、EGCgはビタミンCよりも遙かに有効であると言えま す。
 近年、茶カテキンの生理機能の研究が益々盛んになってきていますが、私達は、それらを支える基礎的なデータを出せたらと思う一方、カテキンを原料とし、その特徴を活かした面白い物質を作るという研究も視野に入れております。

(よしおか ひさし)              月刊「茶」2000年7月号より