お茶の科学(サイエンス)

おいしいお茶は気分が安らぐ


静岡県立大学・食品栄養科学部

横越 英彦


 先日、アメリカへ出かけたとき、学生への土産を探そうとスーパーマーケットに入った。一般のお土産やさんに並べられている品物は、どこの国でも同じよう な物で、余り魅力を感じない。そこで私は、いつも、町の店やスーパーマーケットに入って、珍しい物を探すことにしている。スーパーや露店を歩き回るのは、 お土産を探すだけでなく、その地域での食生活などが分かるので、私は好きである。どんな魚を食べているのかな。どんな果物や野菜があるのかなと楽しみはつ きず、時々恐る恐る写真を撮ることもある。
 今回は特に、最近アメリカで注目されているという緑茶を探してみた。すると、紅茶などが並んでいる棚に、「GREEN TEA」と書かれたカラフルなパッケージが沢山積んであった。
 我々は、緑茶の色と香りとほんのりとした渋みを伴った甘みから、飲んだときに「ホッ」とした安らぎを覚える。一方、アメリカ人は、この緑茶の香りがなじ めないらしいが、緑茶に効能があるのなら飲みやすくして飲みたいと思う。そこで、これまでに馴染んだ香りをつけて飲みやすくしている。例えば、レモン、 ピーチ、マンゴー、ミント、ラズベリーなどの香りをつけ、さながらハーブテイーのようである。日本人は、果たしてミントの香りのついた緑茶を飲むだろう か。おそらく、その感覚が理解できないのではないか。
 緑茶中には色々な成分(カフェイン、カテキン、ビタミンなど)が含まれており、近年最も注目を浴びているのがカテキンである。一方、緑茶のおいしさ、す なわち品質と相関があると言われている成分は、テアニンである。テアニンは緑茶中に含まれるアミノ酸の中で最も含量が高く、旨味物質として知られているグ ルタミン酸と化学構造が極めて類似している。
 お茶を飲んだときのホッとした感じは、緑茶中に含まれ、中枢神経系に影響するといわれるカフェインの作用だけでは説明がつかない。そこで、カフェインとは異なる作用をもつ成分が緑茶中にあると考え、その可能性をテアニンにもとめ、脳・神経機能に及ぼす影響を調べた。
 実験動物としてラットを用い、まず初めに、テアニンが腸管から吸収されることを明らかにし、次いで、血液中のテアニンが血液・脳関門を通過して、脳内に 取り込まれることを証明した。そこで、脳内に入ったテアニンは、脳機能に関わる神経伝達物質に対してどの様に影響するかを、脳微小透析法を用いて検討し た。これは、生きた状態での脳内物質の変動を測定することが出来る方法である。その結果、脳のある部位ではテアニン投与によりドーパミンの放出量の増加す ることがわかった。その他、セロトニンなども変動することが分かった。これらの脳内物質の代謝変動が、ラットの行動などに、どの程度影響するかは定かでは ないが、次に、人に飲ませた場合の影響を調べてみた。
 被験者に五〇mgのテアニン錠を飲んでもらい、自律神経系の活性を測定した。その結果、飲んでから四〇分後ぐらいまで、副交感神経系の活性度の増してい ることが分かった。副交感神経系とは、我々が、気分ゆったりと食事をするような状態の時に主に働く神経系である。すなわち、リラックス状態を引き出してい るように思われる。そこで、リラックスしているときに観察されるというα波(脳波)を測定した。その結果、テアニンを摂取してから四〇~五〇分すると、顕 著にα波の出現の増加することが観察された。なぜ、α波が出現するのかとか、その機構などは明確ではないが、少なくとも、テアニンを飲むとリラクゼーショ ンが得られるようだ。
 仕事の合間やストレスを感じたときに飲む緑茶は、その香りや味といった五感への影響と同時に、テアニンという成分の作用でリラックスを生み出している。 その際、おいしい緑茶(上等な緑茶はテアニン含量が多い)を飲むほうが、心を和ませるリラックス効果が大きいと思われる。

(よこごし ひでひこ)             月刊「茶」2000年8月号より