お茶の科学(サイエンス)

機能性(1) がん転移阻害作用


農林水産省野菜・茶業試験場

山本(前田)万里


 お茶は近年、機能性成分が多く存在することで注目され、様々な生理機能性が報告されてきました。
 例えば、酸化を抑制する作用、がんの発生、増殖を抑える作用、血中・肝臓のコレステロール値上昇を抑える作用、体の脂肪量を低下させる作用、血小板凝集 を抑える作用、血圧上昇を抑える作用、血糖上昇を抑える作用、ウイルス・食中毒菌の増殖を抑える作用、腸内環境を整える作用、虫歯を予防する作用、アレル ギーを軽減する作用、胃を保護する作用、消臭作用、中枢神経を刺激する作用、眠気をさます作用、胎児・幼児の正常発育を促す作用、味覚麻痺を防止する作 用、などですが、これらの機能性に関わる茶成分として、カテキン類(緑茶では主要な四種のカテキン類が含まれ、紅茶などの発酵茶になるとそれらが重合した 物質に変化する)、カフェイン、多糖類、γ・アミノ酪酸(GABA;生葉を窒素処理したときにできてくるアミノ酸の一種で、ギャバロン茶などに含まれてい る)、フッ素、フラボノール(カテキンと似た構造の色素の一種)、微量金属(セレンや亜鉛など)などが知られています。最近、ヨーロッパやアメリカでも茶 の機能性が非常に注目されています。
 このような機能性の中で、私たちが実際に研究している「がん転移阻害作用」と「抗アレルギー作用」について、今月と来月の二回、お話させていただきま す。 現在、がん治療の中で最も重要視されているのは、がんの転移を阻害することです。がん細胞は元の組織から血管を通って、遠くの組織に転移することが 少なくないからです。
 私たちは、ヒトのがん細胞を用いたがん転移阻害物質検定系を使用して、がん転移阻害作用をもつ茶成分を検索し、エステル型カテキン(ガレート基のついた カテキン)であるECg(エピカテキンガレート)、EGCg(エピガロカテキンガレート)、紅茶に含まれるテアフラビンに強い効果を見出しました。しか し、遊離型カテキン(ガレート基のついていないカテキン)であるエピカテキン、エピガロカテキンやフラボノール類(ケンフェロール、ケルセチン、ミリセチ ン)、フラボン類(ケンフェロール、ケルセチン、ミリセチン)はがん転移阻害作用を示しませんでした。動物実験でも、肺がん細胞をマウス尾静脈に注入した とき、肺への自然転移をEGCg(経口投与)が抑制することも報告されています。
 がんの転移では、がん細胞が血管の基底膜(タンパク質が主成分の血管の外側部分)を「基底膜破壊酵素(MMP)」によって破ることが重要な過程です。
 そこで、効果のあった物質の、このMMPの活性への影響を調べたところ、どの物質も酵素活性や酵素の分泌を抑制することがわかりました。がん転移阻害効果を示さなかったカテキン類は、高濃度添加してもMMPの活性は阻害しませんでした。
 このことにより、エステル型カテキン類およびテアフラビンは、転移する性質を持ったがん細胞の基底膜破壊酵素の活性化を阻害することによって、がん転移阻害効果を示すことがわかりました。
 経口投与した場合、体内に入るカテキンの量が問題になりますが、(+)・カテキン・3・ο・メチルを二g経口投与したときにヒト血清中に約二〇 μg/ml検出されること、あるいは、EGCgを四〇〇mg経口投与したとき、血中に二ng/ml検出されること、ラット に経口投与したEGCgが質量分析および液体クロマトグラフ分析で血液中で検出されることなどが認められています。
 このことから、今後、さらに低濃度で効果があり(体内に入りやすい)、細胞に対してもマイルドな効果を持つ成分を探索し、応用していく必要があると思わ れます。そして、そのような成分を利用した、がん転移抑制を期待できる新しいタイプのお茶の開発も進めていきたいと考えています。

[やまもと(まえだ)まり]           月刊「茶」1999年9月号より